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5/23代々木labo

・よかった。無事おわった。

・きょう、デモ録音で意識した「弱く息混じりで歌う」方法をライヴハウスリハでやって、全然だめだったので(JIMI先生にもチェックしていただき)本番不安だった。
結果、いつも通りの歌い方に戻し(本番前、車の中で声出した)ライヴ本番は、いつも以上に自由にできたと思う。




ーーーーーー

・いつも、いつも、ありがとうと、いえる人がいるってのは幸せなことで
・何もなくても、「存在することを肯定されている」のは、その人たちが、いるおかげであって
・生活が圧迫する、心休まらないリズムに、ともするとくだけてしまうけれども
・いや、くだけてしまっているのは自分であったり、また、身内であったり、俺の見える範囲では、そうなんだけど、
・いつもいつも気持ちをガードする、余計な、照れや保身や臆病のせいで、そこにある、そこにあって、拾えばそれがきらきら光るきれいな宝石に、触れることも、見ることもできず、また、生活の圧迫にのみこまれてゆく
・その宝石を、誰の目にも見える、誰の手にも触れられる場所に置くことができたなら
・、、、そういうことを思ってみても、まだ、俺の手は、泥にまみれていて、きれいなものまで、汚しちまう
・でもその宝石を、探したい
・探して、触れて、手にとって、みんなに見える場所に置きたい
・もしそれをすることが許されるならば、俺はそういうことがしたい
・((ここに、エゴというものが存在していて、手を、汚す))
・「汚れたままで君の手を触ったら君の手まで汚れちまうだろう」
・・「汚れてたって生きなきゃいけない」



ーーーーーー

・打ち上げ。「パンパンの塔」の方々とおしゃべりできてうれしかった。
・PA女子がやめたと聞いて軽くショック。(ああ、やっぱり、さびしいね)
・みんないいひと。(と、感じるときは自分の機嫌がいいときなんだな)


・音楽、音楽、音楽。手に触れられるほどの音楽が、ある。あるいは、こちらまでこないで、その人の内部にとどまっているものもある。根っこというのは目に見えないが、その人を根底から生かしているものだ。年輪の中心のように、その人の本質、というものが言えるとするなら、その本質を、外部に放出したい、差し出したい、そこにある空間を超えて、いっしょの夢を見たい。あらわすことの意味なんだ。生きることが、複線になる。


ーーー

・誕生日おめでとう。


2013 5/23 代々木labo

1 星とおでん
2 ブランコ
3 レレレのブルース
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・えーとなんでもかんでも垂れ流しに文章を流すべきではない。特にTwitterはなんか公共性みたいのがあるから気をつけろ。それは良くないことだぞ。

・と、いま、Twitterになんか、書いてた。俺の文章。それがさ、なんか良くない気がして、いまブログに書いた。

・要はさ、マナー違反つうの?なんか「自己満オナニー」ツイートばっかしてんじゃねえよ、って、いう声が、それは世間の声が、まあそういう声を内心欲望してるのかもしれないし。

・一般論でいって、「自分がただしたいようなことだけやってそれでおまんま食えるなんてそんな世の中甘くないよ」ということはあるだろうに、まだ、こんなことをやってるんですねえ。

・自分のなかにわだかまりがある。あると、それを吐き出そうとする。

・なんかでも、やっぱ、つまんないんだよねえ。なんか、そう、つまんないんだよ。
なにがって、これ、遊んでちゃいけないね。真面目に、本気でやんなきゃ。

・ブログもTwitterも中途半端に、やっちゃってさあ。そうじゃなくて、やるなら本気で、自意識なら自意識で本気で、やらなくちゃ意味にならないではないか。現実に拮抗できないじゃないか。

・「褒められたい」ってのが第一義に、なるのかはわからないけど、くるよなぁ。理念的には第一義じゃないんだけどね。現実心情としては。

始まったからには。

・秋にリリースする予定の音源のデモ、もとい曲出しの録音。やってみたら「なんだ昔の曲もいいのあるな」とか思ったり。
そんで歌下手ー下手の一念でへこみながら作業をおえられました。励ましを求めて、言葉をいじいじねだったりしながら、なんとかたどり着いた「ポジティヴ」。
ポジーティヴの一手でそれは苦境でも光を求め続ける人間の背中であり、暗さを内包した前進であり、まあ、ひたむきさである。

まあ、ゆとりがあってよかった。

遊びだよね。言葉が。こうやって、すべってるんだもんね。


今日は、暑い。真夏のピークに向けて、上昇が始まったのだ。
始まったものには、のらないとね。

ヴァンダレイの人

・たしか、吉本隆明さんが、
「同人誌から、商業雑誌に進出する書き手。そのとき、いつでも同人誌に戻ってこれる、そういう構えができていたら、一番いい」
みたいなこと言ってた。
おれも、いままでの景色をわすれちゃいけないんだ。
いままでを否定するんじゃない。もっと、根っこの、本質的なことがわかるようでいろ。



・いままでも、本気で深く曲とか、書いていた。思索もしていたのだ。
だから、それは、自負してもいいのだ。
しかしこれからの課題は、外側へ開く自負というか、Twitterやブログ、ライヴ、音源や人付き合いなど、社会や他人に対しての直の表現を深く本気で成すということだ。
いつも、逡巡する。「このことばでいいのか」「なにかまちがっていないか。かんちがいしてないか。どう思われるのか。。。」

こないだからあるアーティストをみて、「これにはかなわない、、、」と落ち込んでいた。そのくらいの表現者なんだ。
それが、俺たちとそう大差ないフィールドにいるという事実。
これが、メジャーにいるひとだったら、違うんだろうけど。

一個一個の音が、言葉が、とても強く前にでる。すごい、と思わせる。

今日、加藤典明のことを思ってた。あの人はたぶん、一番になれなかった人じゃないか。だけど、一番の人に、あこがれる人なんだと思う。
それが、批評家という人間の立ってる位置なんじゃないか。

すこし、自分を、重ねていた。重なった。

俺も、批評が好きなのは、そういうことかもしれない。一番になれない。名前からして、前提から二番だ。(イチローのように、次男だけど一郎、ではなかった)
天才たちの、後ろ姿に、ドラマや、人間の本質を読みとる。そんな行為に、なぜか心ひかれる。


・こんな風に、いま、iPadに書いている。そして、この文章を、ブログにのせようか、考えている。
のせるなら、少し、気を使わないといけない、と考えている。
できれば、のせたくないのが本音じゃないか。だけど、のせないでいると、何も表現しないことになってしまうから、仕方なくのせる、というのが近いかも。
というか、これから、がんばって自分もいっぱい表現してくぞ!みたいな。あ、いま「!」マークつかったら、こんなだらだらした文章にもリズムが生まれたぞ。

そうだ!あー、文章にも、グルーヴってやつが必要なのだ?んーんーわからんけど、やったれい!



ヴァンダレイ・シウバ


(((結局のせました。。。)))

CD告知

お久しぶりです。

Twitter、Ustreamでも告知したとおり、
今年の秋に沼田謙二朗のCDを全国流通します。


こっから始まるよ。


光の方向へ、絶望としばしば隣り合わせで、進みます。

では。

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