スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2014/07/31

・どぇ~~~~~す!!!

きょうは明るく挨拶してみた。
と、いっても、明るい気分だからじゃない。

むしろ、暗い気分だ
というわけでもない。

なんとなく、文体が硬いばかりだと
それもつまらないのかな、
とか思ったからにすぎない。

ういーーーーーっす!!

 

・最近、あれだ、
自分のライブの録音とかきいて、
そんでまた次のライブやって、
反省と実践をくりかえして、
そういうのをやると発見もある。


・9月26日にひっそりCDRを出す、
ということを決めた。
曲は、まあ、一曲だけしかいれないつもり。
といっても、いろいろ詰めたくて、
いまつくってる。
雲をつかもうとしてます。

なんだか感嘆符が使いたい。
でも、平常に考えてそんなテンションにない。
書くときは落ち着いてる。
なのに感嘆符を使うならば、
それは無理やり使うということになる。


うおっしゃーーーい!!!

うっひょーーーーーぅ!!!!


これは、おかしい。
変だと思う。
なんの脈絡もなく、上記のように感嘆符を使うのは。
というか雄叫ぶのは。


・ひとりで歌いはじめて、
たぶん5年目くらいなんですよね。
だから5才なんです。
5才児のわんぱくさと、
好奇心と、
健康さをもちながら。
チャレンジをしていきたい。
傍目には、止まってるように見えてもよしとしよう。
((5才児にはすでに他人の視線が意識し始めているのだ))
重要なのはじぶんのなかのことなんだから。

スポンサーサイト

2014/07/14 プラクティス

・間があいた。ブログの。
なぜだろう。
「ブログを書く」ということから遠ざかる、
いろんな要因があるだろう。

いまは曲が書きたい。
バンドでやる曲を増やしたいんだ。

ソロでの活動から、バンドでもやるようになって、
その2つの活動の違い、内容の、表出されるモノの違い、
がだんだん明らかになってきてるようでもある。

ソロは閉じる。バンドは開く。
バンドは、鳴らされた瞬間からもうすでに 「集団」なので、
聞く人が入り込みやすい門戸が開いている。

ソロは、本質的にひとりで、
聞く人を求めない領域ももっている。
歌うことが自己慰安であることがはっきりでる。
聞き手と一対一になる。
特別なものがあるとおもう。

バンドは、ただバンドであるというだけで、
まるで異なる感興をもよおす。
両方やってみると、自分の場合、
「思った以上にちがったな」という実感をもつにいたった。


僕だけじゃないんだ。
自分だけじゃない。
仲間がいる。

曰く、ジェフ・ポーカロは、
「いっしょにプレイしたい仲間がいるからバンドをやるんだ」
と。

そういう「関係性」がバンドの醍醐味だ。
言わずもがな。

 

と、とかとか言っているのは、余計なことだろうか。
無駄なことをつぶやいているうちに、シラケちまったらしょうもない。
言わずもがな。

 

・21:22
今日はユニモに行っていたんだ。
本を買ったからお金があまりなかった。
パソコンをひらいて文章を書いた。
カップルが奥の席で立ち上がった。

 

・ 昨日はケーズでライブ。バンドで。サナキくんの企画だ。

そろそろバンド名も決定しなきゃいけないな。 

 

 

 

・さよならを歌おう
階級から階級へ
ふと気づくとき
階段をのぼっていたとき
歌い忘れたさよならを歌おう 

調子のいいさよなら
苦渋のさよなら
すぐに忘れるほどのさよなら

人生が往って還るものであるなら
港よ
いま船に乗り
還るまでの日々を待とう
かつてそこに
在った人よ
君がいつまでも
そこにいるとは限らずとも
君の方角は
いつでも星が告げている 

 

 

 

・チョコザイ。
ラブドール。

ラブドールが哀しそうな顔をして座っている
と見るのか
ラブドールが精巧な顔をして座っている
と見てもいい

 

 

 

・僕らは世界の見方を改めなければならない。
本質的だと思える詩人の幾人もが、
その詩集を手に入れられないという事実に出会うとき、
無名性は悲劇だという短絡を改めなければならない、
と、いう認識を、その端緒を手に入れる、べきなのだ。 

 

 

・いろいろなことをいいかげんにかくから

 

 

・目の前の目標
「優勝」より
このボールをゴールにいれること

 

きょうあしたの食うに困らないこと?

 

 

・ 22:51
いまスタバにいるんですが。

メール、の返事をロクにしないで。
とうとう社会性の資格を脱落させる。

世間に流通するということは、
その責任を負い、まずいことはしないということだろう。

しかしまずいことはいろいろある。
あまりにも身近にある。
そのいろいろについて、言及しない態度より、
まずいことについてカジュアルに言及する態度のほうがまだいいかもしれない。

しかしどうでもいいことを正当化したってなんにもならない、
という冷静さを内にもてなけりゃなんでもだめなんだな。

 

今スタバにい、美しいメロディ、が欲しいとおもうた。
メロディ

同時に、こう、散文するということ。
ブログするということ。
これは、失敗と気まずさと懺悔と自愛とがいろいろするということなので
あれだが、
これは必要なことなのだと。
勇気に関わるからな。
言葉が勇気を持つ瞬間に立ち会わなけりゃ、なんでもだめだね。
音が。
音が勇気を持つ瞬間って、どんなんだろなー 

 

 

 

・Twitterをのぞく。
幾人かの詩人をググる。

なんでもないこと。
なんでもないことば。

なんでもない作品。
なんにもなろうとしない詩が、
というか、なんにもなれなかった詩が、
あふれかえっているのが卵の内部です。

繭の中にいるのか、
そのことを自覚するのか、
ここから出て行く方途はあるのか
物語をつくったり、
つまり自己史を物語のかたちになぞらえたり、
音響をほどこして
いいかげんに説得しようとしてみたり

ラブドール
弱さ

高橋さんの本に載っていたそれが頭にはびこったんだ。

僕らはどこに向かうべきか、
と、嘆かわしげにいってみるのはイージーだった。
でもほんとにどっかに向かうのは疲れるし足痛かった。

残念。
現実は疲れる。
走ってないのに脇腹いたい。

 

アイドルになりたい。
明確に、欲望を点検すれば出てくるはずの台詞はなんだか隠蔽してますね。

石原さんがあんなかんじだったように、
男のかっこよさが、片側からだけ見向きされるので、
僕らは「見向きされること」に憧れた
目標と定めたので、見向きされたい
自然感情だ

自然を呪うことはできても自然から自由になることはできぬ
不自由ということでないよ
宿命もそこにはいるね

詩は、いつもいいかげんだ
根拠ないね
でも生きて出た言葉は、そのすべてが内的な根拠を有している
と嘯くのもいいのだが

 

 

 

 

・扇動、先導、するために、仲間を鼓舞するために、
礫として言葉を発することも、ありなんだと思いついた。
それはずるさじゃないと。 

 

 

 

 

 

 

 

すべて小人のプラクティス

LINK

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。