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あと一週間。

ですよね。
だよねー。
わかるわかる、そのことは、わかる。

自分の思い出とか書きます。


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あのとき聴いてた。スタバで。

谷川俊太郎+谷川賢作
矢野顕子
吉村志保
キース・ジャレット
・・・

あのころ。
2010年頃。


いま、スタバにいて、そんなの思い出した。
谷川俊太郎のアルバムは「家族の肖像」という、詩の朗読と音楽のつまったアルバム。
これが、大好きだった。


いま、自分がソロでやりはじめたのが、2009年だったか2010年だったか調べてたけど、
そのころの記録はネット上にもないみたいだ。

たぶん、2010年なのだとおもう。
もっと経ってるかとおもったけど、まだ5〜6年なのだな。

そうだ、2009年あたりから、バンドのなかで一曲歌ったりとか、たまにしてた気がする。

それは、22才のとき。
23才になって、2010年1月に、千葉ANGAでライブをした。
当時の店長の関さんに誘われて、BABA BANDの菊池さんと同じ日にやった。
お互い、初ソロで、緊張してやったけど、彼のは、おもしろかったんだよなー。
キメキメの衣装で、公園のベンチみたいな小道具用意してて。

自分はただ自分の歌いたい歌をやっただけだったので、やられたなあ、とおもった。




うん。


というか、いまこれブログで書いてるけど、
あのころはもっとブログが流行ってた。
みんな、けっこう一生懸命書いてたもんだった気がする。

いまは、そういう意味ではこういう無駄な、個人的な、
ただ自分にとって大事なような、文章を読める機会が減った気もする。



さて、2010年は自動車整備の訓練校のようなものに通っていたので、
帰りがけのミスドなどで曲や詩や文章をたくさん書いた。
本もけっこう読んでた。
いろいろ影響を蓄えたとおもう。

「星とおでん」はその頃書いた。



2011年。その学校の卒業、の直前に、震災が起きた。
あのときのことを思い出す、思い出そうとすると、大変だ。
いまこうやって、流れのなかでたまたま、思い出す、という行為に行き当たったけれど、
さあ「思い出す」たびごとに、まるで、知らないような、感覚やらが、
新しいままのような、おどろきとか、非現実、非日常、なんだろう、あれらは。


「震災の後で」という曲が、出来上がってはじめて歌ったのは、
2012年の夏だった。

2011年は、ソロがもっと本格的になっていったというか、
先輩に誘われてイベントやったり、
なんだかはじまりの多い年だったのだ。


「ありったけの歌」というイベントは計4回やった。
その第一回目のコピーはこうだった。


歌にするほど、しょーもないこと。
歌にするほど、ほんきだったこと。

黙ったままより歌いたかった。

なんでもない僕らの、ありったけの歌。


この言葉の気分は、ずうっと続いている。

2012年もそんなかんじで、イベントを連続してやっていて、
わりと精力的だったとおもう。




2013年はそれまで10年弱、ギタリストとしてやっていた、瘋癲野朗を脱退した。
このバンドに加入してなければ、いま自分の人生にとって主要なものとしてある
数々のこと、人、ものに出会わなかっただろうとおもう。

瘋癲野朗があったから、沼田謙二朗ができたのだ。
感謝、である。

彼らもいまはまた4人体制になり、たまーに対バンするけど、
がんばってほしいなとおもう。
新ギターのビギナーも応援したい。
しかしホームページは、きっと更新したほうがいい。笑



さて、バンドを辞め、ソロに集中し、がんばるぞーとおもったけど、
なかなかうまくもいかず。

辞めた直後に、アルバム録って流通、みたいな話もあったんだけど、
結局ぽしゃってしまった。
録音自体は、やったのだけれど、
だめであった。自分でナシにした。
とにかく自分の実力がなさすぎたし、自信も足りなかった。


スタッフで一人ついてきてくれたんだけど、
なにもできず、迷惑かけたなとおもう。
でも、人が一人自分についてきてくれる、ということが、
とても安心になったり、助けになったりした。
ありがとう。




2014年、まよこ を始める。
バンドだーやるぞー、という意気込みもあったけれど、
ソロとも並行してやっており、かなりマイペースな活動となっています。
Drけーたも、Ba山下も、それでもついてきてくれて、
とてもありがたい。そして心強い。

たまにしかやらないけれど、
要所要所でライブに呼んでもらえて、
ルックの野外ではけっこう気持ちよくできた。

なんというか、バンドというものが、
また、ソロとは異なるもので、
なかなか最初その実感の整理がつかず、
気持ちが落ち着くのに時間かかったかもしれない。


やっぱりバンドだと最初「見られ方」が違うな、とおもった。
でも、やっぱり根本は変わらないな、といまは、まあ、おもえるくらいにはなれた。


12月21日の古木との2マンのあとは、29日、千葉LOOKでまよこライブあります。
ルックにとっても通常営業最後の日で、そういうときに呼んでもらえて光栄だ。

この日もかならずいい日にしたい。
俺たちはもっとバンドになれるし、それが、一番いいことだとおもう。



で、2015年12月21日、月曜日、稲毛K'sDream。
古木衆との2マン。

半年前くらいに、古木のイベントに呼んでもらって、
そのライブの後、彼から「2マンやりましょう」という話をもらった。

んで、うれしくて、「やろう」となったのだ。




自主企画のイベントは、2014年6月に「身から出た糞」
2015年6月に「ま、それでいんじゃね会」をやった。
両方とも下北沢Lagunaにお世話になった。

やればできるし、
ほんきになれば、伝わるんだ、ということも、
経験としてわかる。
けれどなかなか、むずかしいところでうろうろしてたとおもう。




歌うのって、表現するのって、やっぱ「怖い」し、
こういう文章でだってそうだ、
どう思われるか、わかんないし。
でもだけれど、それでもなお歌い、表現することをやめられないのは、
しようとするのは、
その先にある場所で、その「怖い」と思う先にこそ、
「自由」みたいな場所があって、
その場所で、ほんとうに、普段よりもっとほんとうに、
人と人が出会えるとおもっているからだ。
そうおもうことを、やめないからだ。



いろんな問題がずっとある。
もちろん、自分自身の問題、自分の周囲の問題、
それは必ずたくさん、きっとある。
誰にでもあるし、僕にもあるし、君にもある。
どこを歩いても、どこを訪ねても、みんな
「大変だ」と言う。

その「大変さ」は全ておなじ価値質量で、
僕らの身近にもあるし、遠い、と思っている国々の、
家のなかに、路上に、お店の世間話に、テレビのなかに、あるのだろう。


今年は、ヘビーな年だった。
2015年は、「震災の後」だった。

今年の2月ごろ、
そして夏頃は、
「考える」こと、なにか、勉強のようなことも、
たくさんしたようにおもう。


社会のこと、政治のこと、
宗教、、、。


「やるべきこと」はたくさんあって、
頭ではわかっても、実際に、ぜんぜんできないのだな。
HP上でコラムという名目の、
どこにも着地できないような文章群を上げはじめた。2月から。

「毎週」とかはじめ言ってて、ぜんぜんそれも続かなかったけど。
人からも言われるけど、そういうとき、俺は硬すぎるのだろうな。
でも、とにかく、
まったく「終わらない」のだ。ぜんぜん。
いつまでも終わらない。

自分の内側にあるものも、自分から見て外側にあるものも、
さっき書いた「自由」みたいな場所にもっていって、
そこで共有することができたらいいのだ。

さて。



12月19日で、29才になる。
20代最後のイヤーとなるのです。

まあ、数字なんて、象徴だけど、
大事な1年となるでしょう。
いや、いつだって大事だったのだけれど。


12月21日の2マン、いい日になりますように。
全力を、出せますように。

古木も、いい笑顔が見たいね。俺もね。ようっし。
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12月。です。

​・みんなに感謝する。それは必要である。
という風に、教わった。
なんとなく、社会ではそれがとおってる。
だから、お金に感謝する。

「マネー、ありがとう。サンキュ。」
マネーは返してくれるかな?
「あいよ。礼はいらねえよ。」

お金と人は、等しくつきあっているだろうか。
どこか一方通行ではないか。



・12月21日は、きっと、いい日になるだろうな。
とか書いていても、不安である。
ひとまず、お客さんをたくさん呼ばないといけない。
しかし、たくさん呼んでも、来てくれるのはほんの一握りだ。
はっきり言って、30人来てほしい。
ソールドアウト、希望。
では来てくれた人に対して、なにを見せられるだろうか。
「私たち、こんなふうに生きてきましたよ」
というところを感じてもらえたら幸いです。
あとは、ナメてほしい。
ステージなんてやる人間は、大抵ひとに尊敬されたいとか、
もてたいとか、考えているものだが、
もっとナメられるべきなのだ。
「こいつらなんだこんな感じか。ふ、しょぼいな」
と、思ってもらうことは、実はこちら側の最大の傲慢です。
わかりづらいですね。
つまり、
「ひとにナメられても平気なくらいの器はデッケえじゃん。
 あ、ナメられてる。
 あ、これって俺たちデッケえってことじゃね?」
という気分をかみしめるべき時だと思うのです。

要するに、「ナメる側」から「ナメられる側」へ。

「大きくなって」、それが可能になったのですから。

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