2014/04/26

・いろいろ書くには覚悟みたいなものが必要で、
あれこれ考えるからだめなんだ、みたいなことも確かにあるけど、
でも「中途半端」や「ブレ」もそれが自分だったらしょうがない、
ということでブレてる軌跡そのものをさらそう、表現しよう、
という気概で出された表現のほうが僕には好ましい。です。

詩とか、詩集とか、なんで好きなのか。といったら、
その人の正直な言葉がそこに書かれている、と思えるからで。
でも言葉というのは多面的だ。
こうした書き言葉と人と話すときの言葉でちがうし、
誰と話すとでもどこに書くのでもちがう。
「じゃあどれがほんとうなの?」
という質問にはまったく答えられない。
「真贋」で「ほんとう」を判断できないのだから。


・須藤洋平という人の詩が好きで、
彼の書く言葉、には、
重たくまとわりついた「しょうがない」がのっかっている、と思えた。
共感できる、のかできないのか、
彼のように自分の病気を公にして書いてる人の詩に、
共感できるとかできないとか感じるのは、なんだろう。
つまり共感というのはなんだろう、と。

きっと「じぶんが言ってほしいこと」を
本のなかの言葉に求めるのだろう。
必ずしも、作者の気持ちが正確に理解できるとは思えない。
だけど、そこに作者と読み手の対幻想が成り立てば、
けっこう感動できるのです。




・きのうは千葉ANGAにいった。
さっちんに誘われて有松もみれた。

28日は私もライブだ。
パンパンの塔だ。

なんか路上をやりたい、というか、やらなきゃ、
みたいな気も多少あるけど。
いやほとんどやったことないんだけど。
だからこそ、チャレンジしていかなきゃ、という。
どんなハコよりも、厳しい場だからね。

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