2014/04/28

kowaina

 

きゃくよべないということ。

かんがえるもーど かくモードにもなれないしなあ。

 

今日のMCのメモ
・震災、詞の書き方が違うけれど、震災と釣り合おうと思った。
考えてみると、自分のこと、自己利益でしか考えられない自分がいるわけで。
でも、そんな「自分」が自分であっても、それでも誰かと幸せを想像できる、
そんな希望が結論だった。

音楽は宗教、自己表現が救済。
そんな方向に僕は思う人間で、
貧しい人間で、
でもそれを隠したり否定せず、
自分に許そう、認めよう、と最近思っている。 

 

 

・プロとはなにか。
彼のやっている事が、彼の生涯をどれだけ削っているか。
本気でやっているかやっていないか。
彼の創造物が、彼の生涯とつりあっているかいないか。

・とすると、僕の先輩、よくお世話になった先輩のことだけれど、
彼の歌は少し足りないんじゃないかと思う。
その基準でいうとだ。
じゃあ僕はどうか?ということが問われるわけだけれど。
最近は軒並み負けている。

自分の生涯の重み、理解、 実感の変化。
変わっていく生活実感のなかで、歌われるべき歌は。
なんだか素朴に書いてきたのだなぁと思った。

 

・「ストイック」という 言葉の基準もそこらへんだろうか。

 

 

 

・「路上」やろう、路上ライブやったほうがいいよ、と
言われたり思ったり。

だけど、すれちがう。
そこでは。

つまり自分は僕は、ひきこもりなんだね。
ひきこもりの人の一番ちからを出せる現場は、ひきこもってる当の部屋の中なんだ。 

でもちょっとそれもちがう。
じつは僕はひきこもりではなくニートだったのだ。

というわけで部屋よりもノマド、ガストスタバユニモ、みたいなところに落ち着く。
いろんな曲がファミレス等で書かれてきた。
だからそこらへんまで拡大されたひきこもり圏なんだ。
だから対人関係もきっとたぶんそうだね。

 

ああでもなんでぼくはこう みんながたのしいかおをしているときに
おんなじたのしいかおができないのだろう

ああ あいつもあんなところでおんなのことたのしそうにしゃべっているし
もうぼくはなさけなくってきえたい 

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