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2014/05/12 その2

・ほんとうは誰にも理解されない自分の原像を、
誰かに理解してもらいたい、それだけなんだ。
そこで共通線をはりたい。
誰もが理解できることじゃあ、共通線ははれない。


・具体的なことを書きづらいのは、迷惑を恐れるから。
でもそれだけじゃないと思う。
なにか開かないトビラがある。

 

・その日、来てくれた人、
落胆の顔なのか期待に適った顔なのか、
気にして、気にして、
いいかげん気にしたら、もう苛立って、
テーブルをたたきつけて席を立つ、
それとも、
僕は僕のできなかった幾千のことを、
悔しみながら次にたどり着く岸の錨を、
さがすこと。
星座を参照しながら、
地図を買い漁りながら、
方途をつけようとやっきになって。
「成熟」、条件を自分に課して、
君はクリアできるよ、と
軽々しく言えないことでも、
きっと朝陽はめぐってきて輝くと、
信じて力をこめて語ること。

 

・戦略と割り切り、政治がもっと採られなければ、
不必要にしめる首が増えるだけなのかもしれなかった。
自殺のことばかり考える人のように、
なにもかもやりつくした後にまだ絶望しか見えないとしたら、
自分で自分を殺すしかなくなるだろう、と、想像できる気がした。

 

・♪もしもこの世に言葉が無ければ ー 不可思議/wonderboy

6月22日のSEに流そうか、と思った。
「さよなら、」というアルバムがほんとうに良くて、
ほんとうに良い、と思える。
「ほんとうに良い」、って言っていいや、と思った。
まず、第一に、そう思うから。
つまり「沼田が良いと言ってた」と捉えられてもいい、
とかいうと、かんぜんに偉そうだが、
たとえ偉そうでもそうであるものはそうである。
「不可思議わんだーぼーいのさよならというアルバムは、
 沼田が良いと言っていたアルバムだ」
と思うべきであるし、というかべつにそんなことどうでもよくても、
端的に良いアルバムであるという事実をどうにもすることができない。
ただ、意外とでもそこらへんが、「評価」という例のアレの落とし穴にちがいないのだ。
みんな、落ちている。でも俺は落ちないよ、という余裕のぶりっこが必要項目なんだ。

 

・もっともっと、やけになりたいんだ。
バンドというのは同性愛だ、というのが持論だった。
でもそれをこうして明言することで、どこまでも意識的なアレコレがスタート。
するので、それはとうぜん、にんげんの快原理に照らして不合理。
不合理を信ずるのは、それでも必然なのかい。

 

・軌道修正しなければいけないのか、
それとも、装いを改めて、同じ方向へいくことが正しいのか。
もっとカジュアルに考えて、たったひとつの冴えたやり方みたいのを、
練り出すまで我慢するのが賢明か。

 

・15:03
なんというか、ブログに目覚めて?以降、
4月25日からのブログをちょっとばっと見てみると、
文体がGW以降でだいぶ固まったようなのがわかる。
自分が安定する自分の文体。
自分のサイズ、の服みたいなもんですね。
ある種の定形、そこから思考を出発させられるもん。
改行のリズム。
これらはなんのために書かれたか、に答えられんまでも、
とりあえず自分で自分の考えや感じたを言葉でもててると、
呼吸すっきりとして行動もやりやすい、という事実を発見している。
だから、しっちゃかめっちゃかしているときも、
ここで書きつけることで、自分の体勢が整うのですね。
だから、必要なんです。書くことが。
それを素直に認められる、くらいには思えてきた。

 


・こうやって書くことで、よくも悪いも人間性がまるだしに近くなっていくのだから、
恐れても時すでに遅し。
わたしはきらわれているのだ。
と、思っているのが関の山だ。身の程だ。分相応。
というか、書く際の最低限の覚悟たりうる。
ファックオフ。

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