2014/05/21

・きのうは鈴木ノブさん企画@千葉ANGA。
普段のバンドや弾き語りの対バンとは異なるテイストの方々が対バンで、
新鮮な刺激があった。

そんななか、逆に自分のやっていることを見失わないというか、
軸をしっかりともつ、
おれはおれだ、
と言える自負がほんとなくちゃだめだな、と痛感。



・言えないことからはじまるような
書けないことからはじまるような
ほんとのことか ほんとじゃないか
もーよくわからんようなニュアンスの
糞 フン ふん を
出し切りたい。便秘じゃなく。




・いろんなもんがある。
いろんな世界がある。
それをそうととらえれば、
自分の弱点もあるし他の誰かの弱点もある。

景観と景観、そのちがいとぶつかりあい。
みたいな話を最近考えていたけれど、
実際にそれが自分の身にふりかかると、
かなりきついところもあるし、
おしあいへしあいのようなところもある。

一筋縄でいかないことがたくさんあるのだなあと
雨にしおれたフェンスの雑草を眺めておもう。



・こんなふうに、「思ったことを書く」
スタンスをとることが、
いったいどういう態度表明になっているか、
なにをメタメッセージとして主張しているか、
きのうのように「ちがった出どころの人たち」
と出会うと、そういった問いに答えを与えなきゃいけないのだな、
と感じる。

自分がいまやっていることは、
いったいなんだ。
いったいなにを大事にしようとして
なにを視ようとしていないのか。



・非僧非俗。
それはいっこの理想。



・自分の「方法」しかもてないのだから、
最遠距離だろうと、歩くことでしか出て行くことはできないのだから、
デカルトのように。



・迷いも戸惑いも表明すること。
自分ともっと近づくこと。
ステージ上でももっと。
なんだかんだで、他の誰かに、
寄る辺を頼るわけにはいかない。
そうしないと、「誰か」とも出会えないのだと思う。






・けっきょくけっきょく、
もっといいライブができるようになること、
それしかないのだなあ。
自分の表現を自分で守ること。
そこに旗をたてること。
そういう気概がないと、やってけないよ。

聞く人と歌う自分をつなぐ線が、
線が、ラインが、
うかぶようにみいだすように
なんというかあてにするなら
その線だ
その線にのっかるでも
つかまるでも
その線を太くするでも
いい
ただ線がありそれが
たしかにあるんだということを
信じることができれば。

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