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2014/12/08

23:59

あたまが痛いっす。とりあえず、外側に出せるということは、

とか思ったけど「気にするな」とのことなので気にしない。

 

時代時代、時代が嫌い、というか、時代に沿えない。
時代にノレない。

「え、おれ、こんなにノリ悪かったの?」
「え、おれ、こんな非グルーヴィ族?」

と愕然とすることウケアイだす。

おれ、という一人称はあれだね、
男を指し示す記号なのだね。

 

 

・吉本隆明の追悼私記を読んで、
あれなんだった、
人間の重み、みたいな、それは錯覚なのだろうか?
近代、現代、前近代、
思ったこと。それの率直さ。
でも脱構築。
そして超消費社会。
ポストモダンからネット社会へ。
なんでもかんでも、欲望充足、動物的に。

「人間的な重さ」は遠い。
その時代に、憧れさえもてる。

だんだんじぶんが じだいおくれになる
その現象自体は平凡だが、
その手触りは個別に個性的にやってくると思いたい。

 

「思う」こと、
「実際の」こと、
「思いたい」こと、が、
それぞれそれぞれズレあっている。 

 ズレを重ねて、不思議、君の顔みたいだねーーー
そんなフレーズの羅列でつくる曲。

しかし音楽も、また選別された身体にしかやってこない。
そこにまた、むだな、むだな、あってはならない人間の悲喜劇が、繰り返されるリプレイの対象。

いいか、と思って顔を上げると、
((中原中也の黄昏の詩のようなイメジ、父の))
案外、今風の、フラットな部屋の壁が白じろとあるだけでした。

 

ものがたり 

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