ラグーナライブ

・ライブ前。
 
なんにしても、根拠がほしい。欲しい。考えが足りないままだと、長続きもしない。考えだけでも続かない。はんたいになにも考えないまま、ただ続けられる、ということもある。
 
「利益」について実行する力が俄然乏しく、それ故に、乏しい力を差し置いて考えあぐねたり、すぐ燃え尽きたり、気持ちが起き上がるたび、継続はかなわなかった。
 
だから、力自体を育てないとならないのだ。
そういう発想にやっとなりつつある。
 
力をつけるとは、毎日繰り返すことで、そういう自分になっていく、自己変化、自己影響を起こしていくことだろうと思う。 
 
力がつけば、それは裏切らないというか、期待だけしてしまうこともない。毎日の習慣、ルーティンをつくって、それを守ること。それしかない。それしか有効法はない。いろいろ右往左往して、しっちゃかめっちゃかして、なんの整理もつかないまま、月日を浪費してもなにも生まれない。
 
ということで、小さいことから始めないといけない。いつでもできることからやり始めないとできない。当たり前のことが当たり前のように、それができるのが当たり前だけど、当たり前になるまでは当たり前以上を見すぎる。以上を見ていても、それは降っては来ない。ただ見上げる自分が佇んでるだけで、首が疲れるのみだ。そしてそんな高いところにある物事にムカついてきたりもする。呪いが発生する。なにかを呪う力が育まれる。
 
つまり、すると、呪う自分になる。自分のしたことだけでなく、考えたことにも、自分自身がまず影響されるのだ。その恐ろしさ。だから、正しいルーティンがいかに重要か。
 
   
と、真面目だけだと、息も抜けなくなりがちですよね。冗談のひとつも書き込めたほうがいい。車のなかで今これ書いていて、変人に見られてないか、下北の通りは人が多くて、ガラスの向こうに緊張感かんじてます。なんだか毎日ブログでも書こうかい、となってんですけど、ひとりごとめいたこと書かれても困りますよねえ。
 
と、突き放しておかないといけないね。ときたま。
 
対思記ブログの方も最近は更新してます。

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