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2016/08/04

名称未設定 1

・日々断片的に考えているようで、それは考えてると違うかもしれない。思いついているだけで、その都度、ただ流れてるだけで、ただ流れてるという事実があるだけで、でもそれでもいいかもしんない。

 

http://www.cinra.net/movie

小さな物語をたくさん見せられるよりも、フルメンバーで共有できる大きな物語に対してなにかしたいのだと、僕はたぶんおもっている。
 

http://www.cinra.net/interview/201602-tokyomusicodyssey

 「震災以降くらいから流れが変わってきた」みたいな話が、個人的に共感するツボで、つまりそういう実感があるということだけれど、うーん、忸怩たる思い、のようなものあり。

なにかと重ねてみてしまう。時代背景、空気と、その人の表現の移り変わり。
その人の決心。その人の成長、選択。

「メジャー」な存在になっていく手前の段階のほうが、僕は好きだったな、という人もいる。
最果タヒさんと大森靖子さんは、僕にとってはそうだ。
あるいは受け手の側、僕の方の資質とか問題がそう感じさせる所以かもしれない。
ふたりともほぼ同い年なだけに、気になる。

最果さんの処女詩集はとても好きだった。よく、持ち歩いていた。
大森さんは、すごいとおもった。とてもかなわないとおもった。

「昔のほうがよかった」と他にいってしまうほど、簡単なことはないので、というか、それは、なら自分にもいえる話なので、そんな考え方ばっかしてても仕方ないのだ。
ということはわかるけども、ではなにが、なにがちょっとちがっちゃった、ちょっと、とにかくちょっとちがうんだ、みたいに感じてしまうのか。それを明らかにすることがたいせつなはずだ。

言葉にするのはなかなか難しいけどね。
原初的なラディカルさ、が宿っている方がいい、とかおもう。
というか、なんというか、「たくさんの人と相談して(無意識的に?)表現なされてる」ような感じがすると、弱く感じてしまうのかもしれない。
だから<メジャー>に対して僕は先入見もってるかもしれない。
 
いまは、「全体主義」とか、「保守化」とか、かんたんに言われてしまう。
もちろん言えることを言わない。
という態度なんだ。

いま書いていることは、僕がもっているたくさんのこととつながることだ。
僕が継続してもってきた問題意識と。

というか結局個人はなにを求めてるのか?
個人て、僕は。
何か、そうやって、瞬間瞬間求めてるものの総体が、最終的な彼岸のイメージになってくるのかもしれない。
それが<宗教的な領域> だとすれば、どう考えても<宗教的な領域>が重要なのだ。

無意識的な宗教性。
これがどれだけ豊富にあるか。
それを<僕>は見てるのかもしれない。無意識で。

 

2 

・キレイ キタナイ 

・進化論。適者生存。その理屈(深くは知らんが)で考えていくと、どうも数が多い方に行ったほうが正しいんじゃないか、とおもう。
生き残るためには。
でも、人間には逆に、人のいないところに行く、みたいなのもモチベーションになるときがある。
それはなんだろう。
その方が生き残れんのか。わからない。

・おもおものはからい

・市場を僕は信じてない、ということかしら。
たぶんそうだろう。
なんというか、現状肯定を感じるとそうなる。
いや偉そうに語るほどのものはなにももたないが。
いや、語るときに、何かを持っている必要はない、ともいえるが。 

 http://realsound.jp/movie/2016/05/post-1637.html

宮台真司さんはこの文章で、森達也監督のことを「未熟児」と称する。

《森達也はこの言語システムの作動クロックに同期できず、いつも反応が遅れる未熟児だ。だから社会批判の能動性より、社会という夢にシンクロできない受動性が際立つ》

 森達也監督の作品を僕が好きなのは、その<遅れ>が、僕にはシンクロするからなのだろう、といえる。
大森さんと最果さんのツイッターとかブログとか、折りにふれ読んでいたけれど、やはり、<遅れ>というより<速さ>であり、つまり社会と同期しようと努力した結果がいまの彼女たちの活躍なんじゃないかとおもえた。
なんだかそれは当たり前のことにおもえる。
僕もやけになる。

 

・「誰にどう言われようとどうでもいいんです」
と言いたい。だけど言えない。でもまあ、それでもいいんだ。どっちでも。

<遅さ>を取り戻していただきたい。誰に?
僕にとっては、<やさしさ>の本質的意味がそこにあるように感じる。
・・・などということをどこまで根拠づけて言えるか? 

 

・<遅さ>はダイナミクスだ。

 

・社会に同期する。社会の代弁者。
それは「執行人」のような。
先日のめちゃいけの空気感も、好きではなかった。たまたま観たのだけれど。

 

・市場を信頼してない。
イコール、社会を信頼してない、ということだろうか。
イコール、他人を信頼してない。 

 

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