20161026 0930 蛮勇

・おとといユニモで「ゲーム全史」みたいな本があって、
それをちょいとめくったけど、案外な内容でおもしろそうであった。
中沢新一が帯をかいてるやつ。
「対称性」「非対称性」など、キーワードが中沢さんぽいものあり。
moonのメタフィジカルがどうの、など。


・智恵子抄。
長沼智恵子は高村光太郎と結婚する以前、
新聞などにいろいろ書かれたようだ。
当時のゴシップ。
吉本隆明『高村光太郎』Kindle見てたら記述あり。


・ゴシップは存在してること。
炎上したいけどできない。
訪問者がいないから。
自殺したじいさんのブログ。極東ブログが触れている。

ディスり。クリープハイプの展覧会。
ディスられるのは、存在してるから。
どこにも、存在していない、社会的に認知されない、という状態。


・「自己承認」と、概念じみたものを提出しても、それはほんとうか。
中東のテロは、あれは自己承認なのだろうか。
きっとちがう、だろう。
トラックでつっこむ寸前、朗らかに談笑する姿。YouTubeで以前見た。
自爆テロする寸前、晴れやかで機嫌の良さそうな男。
トラックの爆発。

人間の営み。
AIもヒトラーを礼賛するようだ。


・人間が蟻なら、ヒトラーは親分蟻だろうか。
つまり、人は親分に惹かれるのか。
ただ単に、「強いもん」に惹かれるだけだよ、ということも。

「強いもん」には惹かれる、みんなそうだ。
様々なスポーツ、注目。


◇◆◇◆◇


・自殺する、ただ単にではなく、耳目を集める手法で。
自殺する、行為の後は自らは生きていない。だから耳目は確認できない。

反論。過剰に意味づけを施そうとするのは、よせよ。
それは、そういう態度は、悲劇を待望している。
むしろ悲劇が再生産され、循環されつづけることを望んでる。
そして循環の構造を見いだせる、という位置に自己を置き、自己特権化する。

通販生活は「左翼と呼ぶなら左翼と呼んでください」と。
そういう応答は、どれだけ本質に触れえているのだろうか。

シンラネットでバンドのイベント。
「レビュー」はあるけど、批評はない。
だけど求めるのは文学であって、それは批評なのだとおもう。
つまり、もっと「余計なもの」なのだ。
無駄で、意味もなく、価値にならないそれぞれだ。

通販生活は、どれだけ考えて書いているのだろうか。
茶番じみた右と左の対立こそ、ほんとうに余計なものだと僕はおもう。


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・「勇気」というのが大切で、それを獲得したいんだあ、ということで、書く、ということでそれに接近だよねえ、とおもった。
じゃあどうしたら勇気でるんだろうか。

忘れることだ。とおもった。
無我夢中ならね。
夢中。
夢の中。
ずっと夢の中。
おっとそれは
素敵で恥ずかしい。

考えようによっては「社会」と「わたし」という対立軸も、うそもんかもしれなかった。
でもどうしても、共同してあるものに対して、遅れをとる個性があった。
そして異和としてのこり、およよよいろんなときに、顔を出す。

「勇気」というのは、重要なのは、個性に対してか。
つまりそういう、遅れに対して有効な「勇気」がほしいのか。

勇気は自分でつくらなきゃいけない。
つくるのでなければ、もってこないといけない。
あるいは、探さないといけない。
そういう作業を、するかしないかだけだ。

自分で自分を否定すると、動く。
意外な否定は、よく動いていいとおもう。
自分に対しては、意外性が重要だ。

「あ、ほんとうのことを言われちゃったな」
というとき、
たいてい、ごまかす。
でもごまかさないとしたらどうなるだろう。
すると、現状追認だ。そして現状追認でよい。
現状を、ほんとうに否定する気もないからだ。


・悲劇の完結として、ほんとうに否定する、というとき。
人間は物語る生き物だ。
自殺したりするし、それが、反対向きの勇気かもしれなかった。

さて。そうおもうことを誰かに許されただろうか。
さて。じゃあ倫理はどこまでひろがるかい。
さて。法律というのだってほんとうは、誰がつくったもんでもない。
それなのに、なぜなんの疑問もないように、法律を絶対視しているのだろうか。
支点を得て、他人を糾弾しているような。


無知と勇気はセットかもしれない。

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