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「みんな」の方へ




1.
歌うこととは、なんだろう。

ライブをやる。歌を歌う。それはいったい、なんなのだろう。


「なに歌ってんの?」「そもそもなんの意味があるの?」


そんな疑問がずっとどこかにあった。

「歌うこと」に半信半疑な部分が。



弾き語りをはじめたのは2010年頃。

自分の想いを歌の形にして表現することが、

すぐに大事なことになった。



東日本大震災が起こった。

ニュースを見ながら、考えていかざるをえなかった。

震災の後で」という曲を書いた。



ずっと、「歌うこと」を一人の世界でとらえていたように思う。

だけど、「歌う」ということの前に、「歌を聞く」ということがあったのだ。


いろんな人の歌を聞いてきた。いろんな表現を見聞きしてきた。いろんな言葉を読んできた。

それらの表現が僕に届いたのは、僕がアクセスできる場所にその表現があったからだ。


歌は聞かれない限り、誰にも届かない。

自分が一生懸命つくった歌は、自分にとって価値ある大切なものだった。

そして僕にとってもっとも慰めになる言葉とは、

「見えぬけれどもあるんだよ」や「沈黙も言葉だ」といったような言葉だった。

それらの言葉はたしかに僕の心を深いところで慰撫する。

それらは真実であるとも思う。

しかし、そのような考え方だけをもっていては、積極的に出かけていくことに後ろ向きになるばかりであった。


なぜ、どんな意味があって、声をあげ空気をふるわせるのか?


「歌うこと」は僕にとって自然な行為ではなかった。

別に幼い頃から歌うことが好きだったわけでもないし、カラオケにだってほとんど行かなかった。

そんな僕にとって「歌うこと」は、なにか「得意」な、どこか微弱な加害性を帯びてさえいるように思えた。

事実、表現は、人を傷つけるときもある。

表現自体で傷つけることもあれば、その表現が賞賛を浴びることで、日陰をつくりだすことだってある。

「なにも傷つける心配のなさそうな表現」にだって、疎外感を覚える人はきっといる。

というか、僕が、たぶんそういうタイプの人間だったのだ。

 原点、原点、原点に還れば あの、押し入れの中にいた感じがさ
 「みんな」から離れたところで ただひとりでいた感じがさ


自分の原点は、ある程度、わかっているつもりだった。

しかし、「自分がどういう表現で救われてきたか?」を問うことがなかったのだ。

「みんな」から離れた場所で、しかし僕は、なにかを受け取り続けてきたのでなかったか。

そのことが、いま、とにかく、一番重要なところなのだ。

「歌うこと」ばかりいくら考えつづけても、答えは出なかった。

なぜなら、そこには必ずあったはずの、「聞くこと」が抜け落ちていたからである。









2.
そんなの、当たり前じゃん。

と、読む人によっては思うのかもしれない。

でも僕にとっては当たり前の話ではなかったのだ。

誰かにとっては容易に通過できる道でも、ある人にとってはまるで困難極まりない道になりうるのだ。


歌うことは、聞くことと、必ずセットである。

歌は、聞く人がいなければ成立しない。

いや、たった一人で歌い、満足できる人もいるだろう。

僕は密かにそういう人たちを尊敬するが、残念ながら、僕はそういう人に、なろうとしてもなれなかった。

それでは満足できなかった。「無意味さ」に耐え切れなかった。

だからこそ「歌うこととはなんだろう」と問わなければならなくなったのだ。

もちろん、歌うことを放棄すればそんな問いから逃れられた。

しかし、歌うことは放棄できなかった。

逆に、歌いつづけながらその問いを忘却することへ向かっていたかもしれない。


 なぜ、歌を、やめられない?

 なぜ、音楽、やめられない?


その理由を僕の育ちや出自に求めることもできる。

けれどいつのまにか僕は「そういう人間」になっていたのだ。

つまり、「歌う人間」になっていたのだ。

そのことを、もういまさら、元に戻せないのだ。


僕はいつのまにか、人生のあらゆる時間において、「歌うこと」へ結びつくように生きてしまっている。

それは音楽をつづけてきたことの、弊害ともいえるし、だからこそ音楽家だよね、といえる最低限の条件であるのかもしれない。


そのはじまりに、歌を「聞いてきた」自分がいた。

無数の歌を聞いてきた。

それだけじゃない。

音楽の世界だけでは覆えなくなった心性はさまざまな活字、文学や批評、ネット上のあらゆる表現を求めはじめた。

あるときはネット上の対談の言葉に共感し、解放感を覚えた。

あるときはエッセイに、あるときは批評文に興奮し、自分の知らない考え及ばなかった世界を知った。

またあるときはドキュメンタリー映像に視点の裏側を見せられた気になった。


ほぼ日のコンテンツ、吉本隆明、宮沢賢治、太宰治、中島義道、森達也、高橋源一郎、原田郁子、不可思議/wonderboy、谷川俊太郎の朗読、スティーヴジョーダンのドラム、マイケルランドウのギター、ブルースギター、遠藤賢司の弾き語り、早川義男の世界、須藤洋平の詩、吉村志保の歌、あらゆる対バンの奏でた歌、、、。


ああ、僕は、単に、「世に流通した表現」を受け取っていたに過ぎない。

身近にいて、対バンしたり、同じステージで歌った「仲間」に、僕はどれだけ「聞くこと」ができていただろうか。それを思うと反省する。

そんな人間が確かに、現状で満足できないのは当然だ。

なぜなら、もし10年前の自分がここにいたとしたら、いまの僕を不満に思うだろうし、

僕の歌も聞かないだろうから。









kugiribou.png








それでは、いけません。

ノーノーノー。ノーノーノーノー。


愛する人がいるとき。愛する人は僕と通じてくれる。

そしたら、二人の世界で、僕らはオッケーだ。


ふふふん。


それも、たしかに、あったかもしれない。

でも、やはりそれも、真の突破口にはなりえなかった。

いや、それも、ひとつの完成された世界だ。けれど、この場合ちがうのだ。



話がめぐってめぐって、うーんやはり、むずかしい。

ちと疲れた。つか、もうこんな時間。


先を急ごう。








第三者を求めて、歌は、およそ表現は、旅立たないといけません。

お嫁に出るように。

さよならするように。

でもって、それが、出会い、です。


自分の歌を、かわいがりしすぎるのは、だめ。

自分がいろんな表現、食い散らかしちゃったように、我が歌もそこに、食い散らかされる場に、置き、あちゃー、カラスがついばんだ、と、嘆息しなけりゃなりません。


それが、ザッツ、世の摂理。



そんな感じなのです。


10年前の自分は、まあ、余っている時間を、表現を食うことに費やした。

いろいろ食うと、味の整理もつかなかったかもね。


そんで、まあ、20代、なんとか過ぎました。

まあ勝手に過ぎていくよね。

過ぎゆくものを手まねきしても仕方なし。

そんで、結果僕は、表現の送り手を、やりたいのです。

表現の送り手に、なりたいのでした。

ちゃんちゃん。



ああ、それを言うまでに、時間がかかったなあ。

じつに、じつに。うんうん。

はあ。








ライブとかやって、いろんな人にお世話になりながら、自分がやってきたことは、誰かに歌を聞いてもらうことなのでした。

あるときは、誰か、というんでもなしに、いつも聞いてくれるお店の人に向け、歌っていたようなのでした。


歌は、場が決める。

歌は、聞く人が決める。

歌は聞く人のものだ。

ライブのMCだって、しゃべることは、その場が決める。

語り口、言い方は特に、その場で決まるのがいいんだ。


自分がかつて歌を聞いてきたように、今度は歌を送り届けたい。

差出人は僕だが、開封するのはあなたで、開封したらそれはあなたのものだが、気に入らなければ捨てても構わない。

だからこそ、「捨てられる」のが怖いから送らないのではない。

むしろ大抵、ほぼ、捨てられるのだが、それでも別に構わないのだ。


なにしろ僕もそうやって、たくさん歌を捨ててきたのだからね。

恐ろしいことだ。でも、フツウのことだ。

別に歌は捨てても腐らない。

もし捨てられても、歌は、価値ある歌なのだ。


そう、そこで、「沈黙も言葉だ」「見えぬものでもあるんだよ」

という言葉たち、その考え方が、役に立つ。

そういう言葉を知らなかったら、僕は、やはり、存在不安だったね。ただいるだけで不安。生きてるだけで不安。それ真理。

歌は、誰にも届かなくても、ぜんぜん問題ない。

一生懸命歌をつくって、一生懸命歌をうたって、まったく報われなくても、それでぜんぜん気にすることはないのだ。


ほんとうにほんとうにそうである。

嘘だと思ったらでかけてごらん。

誰もいない場所で、存分の愛をもって歌っている人がいるから。






kugiribou.png 




6.
さて、僕は矛盾したことを言っているだろうか。

「歌は誰にも聞かれなくても問題ない」

「歌は聞かれないと意味がない」

両方、ほんとだと思って言っているのである。

その広さが、いいよね、これ。なんか自由。広がっていいよねーって。思うよね。


そうなんだ。別にどっちかに偏らなくてもいいのだ。

ただ、自分にとって、必然性のある、道筋というのはあるのよね。

確かに、原理的には、誰も聞かなくても歌は歌だ。

けれど、「自分が見えない存在である」ということに、不安を感じてしまう根拠もあるのだ。

歌は社会を求める。

いや、少なくとも、僕は、求める。

僕が、社会に、生きることを求めるように。

「みんな」の中で生きることを求める。

だから、僕の歌は、「みんな」のものだ。


その試みが成功するかはわからない。

およそ失敗して傷つくのだろう。

しかし、10年前の自分が聞いてくれるかもしれないのなら、そうすべきだ。

自分にできることは、それだけなのだ。




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